高松地方裁判所丸亀支部 平成8年(ワ)155号 判決 1998年2月27日
原告
秋山典子
外一名
右両名訴訟代理人弁護士
嶋田幸信
被告
シグナ傷害火災保険株式会社
右代表者代表取締役
ジョナサン・イー・ニュートン
右訴訟代理人弁護士
後藤田芳志
右訴訟復代理人弁護士
増田浩司
主文
一 原告らの請求をいずれも棄却する。
二 訴訟費用は、原告らの負担とする。
事実及び理由
第一 請求の趣旨
一 被告は、原告秋山典子に対し、金八三万三三三三円及びこれに対する平成八年一〇月二二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告は、原告高畑浩三に対し、金八三万三三三三円及びこれに対する平成八年一〇月二二日から支払い済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 当事者の主張
一 請求原因
1 訴外高畑昌三は、被告との間で、次の自動車総合保険(PAP)を締結していた(以下、この保険を「本件保険契約」という。)。
保険契約証券番号
九五三AB七六八九五一―八
保険契約者 高畑昌三
保険期間
平成六年一一月一〇日午後四時から平成七年一一月一〇日午後四時までの一年間
被保険自動車
車名 ミツビシ
型式 M―U一一V
登録番号 香川四〇ひ七九〇二
車台番号 U一一V―〇一二六五九四
用途車種 自家用軽四輪貨物自動車
(以下この車を「本件車両」という。)
担保種目
対人賠償一億円
対物賠償 五〇〇万円
搭乗者傷害五〇〇万円
2 高畑昌三は、平成七年五月中旬ころ、本件車両を運転走行し、香川県坂出市林田町四二八五―一一九の林田港C岸壁で運転を誤り、本件車両ごと右岸壁から海中に転落し、同乗者で高畑昌三の母である訴外高畑アサ子とともに溺死した(以下、この事故を「本件事故」という。)。
3 平成八年一月六日、右両名の遺体が発見されたが、高畑昌三と高畑アサ子は、いずれもその死亡日時が平成七年五月日時不詳であり、同時死亡である。
4 高畑アサ子の搭乗者としての死亡保険金(五〇〇万円)について、その受取資格は、本件保険契約の約款に基づき、高畑アサ子の相続人に支払われることになっている。
5 高畑アサ子の相続人は、本来、高畑アサ子の長女である訴外山口カヨ子、次女である訴外谷田啓子及び高畑昌三であったが、高畑昌三は、右3のとおり高畑アサ子と同時死亡の扱いとなるので高畑アサ子を相続せず、高畑昌三の子である原告両名が代襲相続により右山口カヨ子、谷田啓子とともに高畑アサ子の相続人になった。
6 よって、原告両名は、被告に対し、本件保険契約に基づき、それぞれ五〇〇万円の三分の一の二分の一に相当する八三万三三三三円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成八年一〇月二二日から支払い済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 請求原因2の事実中、本件事故があったことは認める。しかし、本件事故は、高畑昌三が運転を誤って生じたものではなく、高畑昌三の自殺行為によるものである。保険金の支払要件として、本件事故が偶然の外来の事故でなければならないが、本件事故は、偶然の事故でない。
3 請求原因3ないし5の事実は、争わない。
三 被告の主張
1 本件保険契約の普通保険約款第四章の搭乗者傷害条項第二条には、保険金を支払わない場合を規定し、同条②項によれば、「傷害が保険金を受け取るべき者の故意によって生じたときは、当会社(被告)は、その者の受け取るべき金額については、保険金を支払わない。」旨規定している。
2 本件事故は、高畑昌三の故意行為により惹起されたものであり、右行為によって、高畑アサ子が死に至ったものである。
3 高畑アサ子の相続人の一人として予定されていた者である高畑昌三が右1の「保険金を受け取るべき者」であり、現実の相続人(原告両名)が右「保険金を受け取るべき者」と考えるべきではない。本件は、高畑昌三の故意行為により生じた保険事故の結果発生した搭乗者(高畑アサ子)の死亡に基づく保険金につき、右故意行為を敢行した高畑昌三に対する支払が問題になっている場合である。被告は、本来、高畑昌三に支払われるべき分(前記五〇〇万円の三分の一)については、前記1の規定により、支払う義務はない。
4 右のとおり、高畑昌三に対して支払う義務がない以上、被告は、その代襲相続人である原告両名に対しても支払うべき義務はない。
5 本件事故は、高畑昌三による故意または自殺行為であるといえ、急激かつ偶然な外来の事故とはいえない。
四 被告の主張に対する原告の反論
1 本件事故は、高畑昌三の自殺行為によるものではなく、高畑昌三が運転を誤って林田港から海中に転落したものである。高畑昌三に自殺する動機はない。
2 高畑昌三と高畑アサ子は、同時死亡であって、右両名には、相互に相続が開始するものではない。したがって、高畑昌三は、高畑アサ子の相続人ではないから、保険金を受け取るべき資格を有しない。
3 原告両名は、本件事故による保険金を受け取るべき高畑アサ子の相続人であって、被相続人高畑アサ子の相続につき、固有の相続権に基づく相続人である。
第三 当裁判所の判断
一 請求原因
1 請求原因1の事実は、当事者間に争いがない。
2 請求原因2
(一) 請求原因2の事実中、本件事故が高畑昌三の過失によるものかそれとも高畑昌三の自殺という故意行為によるものかという点を除き、本件事故が発生した事実は当事者間に争いがない。
(二) 本件事故が偶然の外来の事故であるか否かについて
(1) 証拠(甲一号証、三号証の1ないし4、五号証、乙一号証、四号証、五号証の1ないし7、原告秋山典子本人)によれば、次の事実を認めることができ、右認定を左右するに足りる証拠はない。
ア 高畑昌三(昭和一〇年一二月八日生)は、高畑アサ子(大正二年一一月一一日生)の長男であり、右両名が行方不明になった平成七年五月中旬ころ、高畑昌三は、五九歳であった。
イ 高畑昌三の父高畑清一は、昭和五七年三月二日、死去し、高畑昌三は、その相続により香川県丸亀市通町七七番地の宅地(79.50平方メートル)を取得し、昭和六〇年、住宅金融公庫及び香川(相互)銀行から融資を受けて、右土地上に軽量鉄骨造瓦葺四階建の建物を建築した。
ウ 高畑昌三は、昭和六〇年以降、高畑アサ子、妻の弘子とともに右建物に居住し(なお、原告高畑浩三は、平成元年一二月に高畑〔旧姓大西〕千代子と結婚するまで、原告秋山典子は、平成六年九月に秋山実と結婚するまで、いずれも、両親である高畑昌三、弘子とともに右建物で同居していた。)、右建物二階で高畑洋服店を営んでいた(その一階は、パーマ店に店舗として貸していた。三、四階を居住用に使用していた。)が、右洋服の販売・仕立業はかならずしも順調に推移せず、平成三年四月ころには、右建物建築のために借り入れた債務を含め、約五〇五〇万円の債務が存在した。
エ 高畑昌三は、平成六年、右土地・建物を処分し、右処分により得た金員で右債務を返済し、同年一二月から、妻弘子、母高畑アサ子とともに原告高畑浩三らの家族(丸亀市垂水町字中村八九七番地二六)のもとに身を寄せた。
オ 高畑昌三は、平成七年四月から、香川県木田郡牟礼町大字牟礼字岡一四四〇番地所在の国家公務員の官舎の管理人になり、高畑昌三、その妻弘子、母高畑アサ子とともに右場所内の管理人室に引っ越した。この時点で、高畑昌三は、洋服の販売・仕立業を止めた。なお、妻弘子は、原告高畑浩三の住居と右管理人室を半々で、行ったり来たりしていた。
カ 高畑昌三は、平成七年五月一五日午後二時以降に、母高畑アサ子とともに行方不明となった。右日の夕刻に、弘子が管理人室に電話をかけたが、高畑昌三は、電話に出ず、翌朝、原告高畑浩三の妻千代子と弘子が右管理人室に出向いたが、右室には鍵がかかっており、誰もいなかった。
キ 高畑昌三の妻弘子は、同年五月二二日、香川県志度警察署に家出人届を提出したが、右書面には、「自殺のおそれあり」と記入していた。
ク 国家公務員の官舎の転出入は、毎年六月ころに転勤が多く、そのための準備として、毎年五月ころから書類の準備をする必要があるところ、高畑昌三は、右必要な書類を全く作成せず、管理人として作成が要求される帳簿の記載もしておらず、平成七年四月から同年五月一四日までの間、管理人としての仕事ができていなかった。
ケ 高畑昌三は、平成七年五月の時点で、丸亀市内にある藤商事から約三一万円の借金があったが、高畑昌三の妻弘子は、高畑昌三が行方不明となった後の同年六月五日、右債務を完済した。
コ 平成八年一月六日、香川県坂出市林田港C岸壁(林田塩業株式会社東側岸壁)沖合五メートルの海底から高畑昌三及び高畑アサ子の遺体が入ったままの軽四輪自動車(本件車両)が発見された。本件車両は、右海底で、ギヤーは、ローに入り、エンジンスイッチは、オンになっており、本件車両の運転席側のドアの窓ガラスは下に降りていた。また、高畑昌三は、本件車両の運転席の天井に、高畑アサ子は、本件車両の後部座席の天井に、それぞれ浮いた状態で発見された。
サ 右C岸壁は、コンクリート製の平坦な道路になっており、海に向かって下り坂になってはいない。そして、海水と接する岸壁の端には、黄色と黒色の色が交互に塗られた高さ約一五センチメートルの車輪止めが設置されている。
(右岸壁におけるスリップ痕跡の有無は、発見まで日時が経過しており、不明である。)
(2) 右(1)認定の事実を検討すると、高畑昌三は、それまで営んでいた洋服の仕立・販売業を廃業し、借金返済のため父から相続した土地と高畑昌三が建築した建物を売却せざるをえなかったこと、平成七年四月以降の新たな就業先となった管理人(国家公務員の官舎の)としての仕事をこなしていなかったこと、高畑昌三は、海中に沈む経過の中で、運転席側のドアの窓ガラスが開いていたにもかかわらず、本件車両から脱出していないこと、前記C岸壁は、約一五センチメートルの高さの車輪止めが設置されていたにもかかわらず高畑昌三は、本件車両ごと海に転落したという事実があり、右のような高畑昌三の経済的状況、老齢に近づいた時点での生活環境・就業内容の大きな変化があったことに、毎日顔を会わせて高畑昌三の生活態度・気配を一番身近に知ることのできる妻弘子が高畑昌三、高畑アサ子についての警察署に対する家出人届けに「自殺のおそれあり。」という記載をしていたことを併せて総合的に考慮すると、高畑昌三は、行方不明になった平成七年五月当時、自殺をする可能性の存在を否定することはできない。
(3) 原告らが保険契約に基づき、保険金の支払を請求する場合、その事故が偶然のものであることは、右保険金を請求する原告らにおいて主張立証すべきであるが、右(1)(2)に述べたとおり、本件において、偶然の事故であることについて認定することはできず(他に、本件事故が偶然のものであることを認めるに足りる証拠はない。)、本件において、原告らの主張は認められないといわざるをえない。
3 以上のとおり、原告らの主張は、その余の点について判断するまでもなく、理由がない。
二 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官辻本利雄)